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今日、blogをはじめました! 

今日、Blogをはじめました。!!!よーーーー


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なかなか、大変ですなー
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連絡先 

MJ HOUSE  (桃太郎住宅)

〒564-0032  大阪府吹田市内本町2丁目16-15momoビル
TEL 06-6381-1070
FAX 06-6381-1071


Eメール kariya@momotaroujyutaku.co.jp
http://www.momotaroujyutaku.co.jp



momotarou in saipan

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会社概要 

会社概要
名称 MJ HOUSE
社名 株式会社 桃太郎住宅
代表者 代表取締役兼CEO 假屋 泰之
所在地 〒564-0032 大阪府吹田市内本町2丁目16-15momoビル
電話 06-6381-1070
FAX 06-6381-1071
Eメール info@momotaroujyutaku.co.jp
ホームページ http://www.mj-house.cc
許可・免許 一級建築士事務所:大阪府知事 (イ) 21336号
  宅地建物取引免許:大阪府知事 (2) 47663号
  建設業免許:大阪府知事 (般-12) 第115979号
  財) 住宅性能保証:21011054
  JIO (日本住宅保証機構):A5000467
  SE構法登録店:第532号
事業内容 注文住宅・企画・設計・施工
  分譲住宅・企画・設計・施工
  リフォーム事業
  投資用マンション事業
  店舗デザイン・企画・設計・施工
設立 平成12年2月28日
資本金 1000万円
年商    20億円 (平成18年8月実績)
   
取引銀行 三井住友銀行・りそな銀行
  十三信用金庫・関西アーバン銀行
  大正銀行・中央三井信託銀行
  のぞみ信用組合・摂津水都信用金庫



関連会社

桃太郎不動産 公式サイト
ホームページ http://www.momotaroufudousan.co.jp


(株) 桃太郎不動産 東淀川店
所在地 〒533-0004 大阪市東淀川区小松1丁目1-14 momo house小松
電話 06-6370-7166
FAX 06-6370-7167
ホームページ http://www.momotaroufudousan.co.jp
ホームページhttp://www.momo-h.jp/
(株) 桃太郎不動産 吹田店
所在地 〒564-0028 大阪府吹田市昭和町12-26
電話 06-6319-7000
FAX 06-6319-0007
ホームページ http://www.momo-suita.jp/

(株) 桃太郎不動産 豊中WEB情報
ホームページ http://www.momo-toyonaka.jp/


不動産売買、仲介、管理 ・分譲住宅委託販売
  --------------------------------------------------------------------------------


(株)エムジェイファクトリー/ MJ FACTORY

注文住宅
リフォーム
リノベーション
店舗デザイン
輸入資材販売 家具デザイン製作企画、販売

                  http://www.mjfactory.jp
 

まずは、プロフィールをお読みください。 

なぜ自社設計・自社施工にこだわるのか?
桃太郎住宅のサイトにお越し頂きありがとうございます。代表の假屋泰之(かりややすゆき)です。

私たちは大阪府吹田市で、自社設計・自社施工・自社アフターフォロー、そしてデザインと素材にこだわった家づくりをしているハウスメーカーです。

設立からまだ12年あまりの社歴の浅い会社ですが、家が好きで、人が好き、お客様の喜ぶ顔が大好きなスタッフしかいない会社です。


私たちがなぜ『自社設計・自社施工』にこだわるのか?その理由は私のプロフィールととても深い関係があります・・・



假屋泰之プロフィール

私は昭和45年1月16日、鹿児島県鹿児島市にて男三兄弟の次男として生まれました。父親は公務員、母親はスーパーの肉売り場でのパートタイマー。
ごくごく普通の家庭で育ちました。

幼少時代、将来は『アントニオ猪木のようなプロレスラーになる!』と決め、小学4年から中学3年まで空手の修練に精を出しました。(本気で俺は世界最強になる!と思ってました)
中学時代から新聞配達をして小遣いを稼ぎながら、背を伸ばす薬やバーベルにお金をつぎ込み、体を鍛えることに熱中。


この頃の夢は、「男の中の男になる!」「肝っ玉の太い男になる!」
愛読書は「硬派銀次郎」「朝太郎伝」で、普通の男にはなりたくない!男を磨くんだ!と常に考えている、今思えばかなり変わった子供でした。




夢を抱えて一人上京


いつ成長期がくるのか?と、1年で10cmも身長が伸びている友人達を見ながら楽しみにしていたのですが、どうやら僕には成長期がこないまま青年期が終わり、それで世界最強はあきらめました・・・。

で、今度は『社長になろう!、偉くなって大成功しよう!』というのが私の新たな野望になったのです。


しかしいきなり社長にはなれません。まずは会社に入って社会勉強をしようと考え、某一部上場企業に入社しました。
鹿児島の田舎から花の都「大東京」にバッグ1つで出てきたのです。(ちょうどその頃、長渕剛の「とんぼ」が流行していました)

しかしその会社はすぐに辞めてしまうことになり、それから28歳までは好きな仕事ではなく、収入のいい仕事をしていました。基本的に仕事は何でもすぐ覚えてしまい、また好きな仕事ではない為に色々と考えました。


『面白くて、人に喜んでもらえて、一生を捧げることの出来る仕事って・・・???』

早くやりたいことを見つけたい!と思って日々悶々としていました。


やがて28歳の時、小さいながらも建築屋(下請けの下請け、いわゆる孫請け業者です)を経営することになりました。
しばらくは順調に行っていたものの、元請けの会社さんが仕事を取れなくなり、『どうしようかなぁ』と途方に暮れていました。


『自分はもともと家が好きなんだろうなぁ・・・じゃあ家を売ることを仕事にすればいいんじゃないだろうか?』と考え、とうとうその建築屋を辞め、不動産業界の門を叩くことに・・・(いつもいきなりです)

しかしこのとき、本当にお金がありませんでした。
就職先の不動産屋さんの給料はフルコミッション(完全歩合制)だった為、すぐに家を売ることが出来なければ生活ができない・・・(若気の至り・・・今思えばすごい状況です)
仕方なく当時同棲していた今の家内に頭を下げてお願いしました。


『頼む!3ヶ月間だけ俺の面倒を見てくれ!3ヶ月で芽が出なければ、もう夢は見ないから!』

もう28歳、田舎の両親からは『もう普通でいいから!普通の会社に勤めてくれ!』と迫られ、彼女の両親からは『あんな男とはもう別れなさい!』と。
まるでドラマのような話ですが・・・もう、最後の賭けでした。これでだめなら田舎に帰ろうと決心しました。

不動産屋さんに面接に行くのに、家内のCD(たしかマライヤキャリー他20枚)をこっそり売りにいき、5000円を手にして交通費に。ひどい男です(泣)
今だに、「私のCD返してよ!」と言われます(笑)




厳しかった不動産下積み時代


そして、仲介専門の小さな不動産屋さんに勤めることになりました。
しかしここがまた厳しいところでした。

今まで色々な職種を経験してきて、自分なりに営業には自信があっただけに、毎日ボロカスに言われてプライドはずたずたです・・・
『すごいところを見せて、この人たちをいつか見返してやる!』という気持ちだけで頑張りました。


暑い夏、ガソリン代がもったいないのでクーラーをかけずに窓を全開にして走り回り、物件を覚える日々。
先輩に「飯でも行こうや!」と誘われれば、「僕、別なもんが食いたいのでいいですわ?」と家で作ってきたおにぎりと水筒のお茶を車の中でこっそり・・・
でも売れません!2ヶ月間、契約ゼロです。もう後がない僕はあせりました。

まぁよく考えれば当然なのですが、先輩たちが新人にお客様を回してくれる筈もなく、3年前位のお客様ファイルを渡され・・・
そのファイルは書き込みで真っ黒!名前の横に、(もう買わない人、他の業者さんで買った人etc…)の書き込みが。

でも根こそぎ電話を掛けまくりました。相当嫌な営業スタイルですが当時の私は必死です。

「また、あんたとこかいな!もうかけてこんといて?!ガチャ」
「もう、家なんか探してないねん!ガチャ」
「しつこいねん!今度かけてきたら、警察呼ぶよっ!」
かなり凹みました。当然です。こんな営業はする方もされる方も精神的に参ってしまいます。

「假屋!家というのは、大きな買い物や!だから、営業マンが『僕知りません!』では家は買ってくれへん。知ったフリするんや!知らんことでも適当に知った顔しろ!」

という先輩の教えを忠実に守っていた僕に、家が売れるわけがありません・・・




不動産業にどっぷりはまる


入社3ヶ月目、先輩の教えを守って『知ったフリ』してても売れるわけがないことに気付きました(遅い!)
『もし、自分がお客様だったら「知らないことは知らない」と正直に言ってくれる人間の方が信用できる』と今更ながら思ったからです。

知らんことは知らん!悪い物件は悪い!良い物件はいい!

正直にいこうと思った瞬間からなんと売れ始めたのです。
もともと営業の好きな私は気がつくと入社4ヶ月で主任になっていました!
気付いたら部下が5人も・・・

いつのまにかトップ営業マンと呼ばれ、部下の面倒まで見させられてはいたものの、『不動産って面白い!家って面白い!』
実は今まで、人が欲しい!と思うものを売ったことがなかったのです。
例えば、営業中の美容室にいきなり入り、あっけにとられた美容師さんに「この電飾看板は?・・・・」とマシンガントークしたり・・・今思えばかなりシビアな営業ばかりでした。

でも、不動産に関しては、家が欲しいお客様に、希望する物件をお勧めして、気に入ってもらえば買って頂く。
こんな素敵な仕事はない!と本気で思っていたのです。




意を決して独立!桃太郎住宅誕生


今まで散々色々な仕事をやってきましたが、常にあったのは『どんな仕事でも自分が親方になってやってみたい』という独立心でした。
不動産の道に入ってもその思いは変わらず、1年程度でノウハウを覚えて独立しようと漠然と考えていました。


ところが思ったよりもどっぷりと家の魅力にとりつかれた私は、結局8ヶ月で独立することにしたのです。この仕事は天職!今まで一生をかけてやっていける仕事を探し求めていた私は、不動産に出会ってから目の前の霧がパァーッと晴れたような気分でした。

気が早い、思いたったら即実行がモットーの私は、独立するための十分な資金を貯めてから、ではなく、なんと店舗を借りる資金と改装代、宅建業の免許を取る資金だけで独立しました。


ここまで読まれた方は『この人、なんて計画性がないんだろう』と思われたことでしょうね・・・全くそのとおりです(笑)


確かに店はできました!、が、本当に店だけだったのです。
机もない。電話もない。FAXもない。そして・・・・お金も、もうスッカラカン!とりあえず安い事務機器を手に入れるため、リサイクルSHOP廻りが始まりました。

机2000円、電話機1000円、FAX19800円、イス1個500円・・・

そしてようやくスタートを切る事ができました。
しかし何もない状態ですから、ホームセンターでコピー用紙を買い、知り合いの不動産屋さんに印刷機を借りてチラシを刷る、というような感じでした。

そんなゼロの状態から始まった会社でしたが、今まで幾多の困難を乗り越えてきた経験と、既に不動産を『転職』と考えていた私にとっては全てが楽しいことの連続でした。




本当に満足できる家って?


さて、2000年に資金ほとんどゼロの状態から始めたのですが、開業から1年の間に2回、下請けの工務店が倒産するという危機に見舞われました。
しかも倒産してしまう工務店さんに限って、腕も良くてとてもいい人たちばかりなんです。

実際に倒産した工務店さんは、小さくけれども小回りが利いて、追加工事も『いいよいいよ』ととても気前のいい社長さんだったのですが、倒産してしまいました。
その物件は私の会社が売主だったため、その工務店さんに既に支払い済の工事代金を他の工務店さんに同じ金額を払って依頼し、何とかお客様の家を完成させたのです。

その時私は思いました。
いくら人が良くて、腕が良くても、経営がしっかりしていなければ<良い工務店>とは言えないと。そう、工務店は家を建てる以上絶対に潰れてはいけない職種なんだと。


そこでそれからは倒産の危険性のない大きな会社に工事を頼もうと、自社分譲事業の建築工事を大手の工務店さんにお願いすることにしました。

すると、今度はすぐに違う問題が発生しました。
それはお客様からのクレームの嵐です・・・

なぜかというと、大きい工務店さんは1人の現場監督に同時に15件?20件もの現場を管理させていたからなのです。

建築現場に顔を出して、大工さんに「あれ?、監督さんは?」と聞くと、

「監督さんは、ほとんど現場には来ないよ。」

そうです。現場監督とは名ばかりで実際は職人さん任せだったのです。
お客様からの変更、追加があっても現場には反映されない、ということが頻繁に起こり、私はお客様に怒られてばかり。

しかもせっかくの家づくりですから、出来るだけお客さんの希望を聞いてあげようとすればするだけ変更、追加が発生。そしてそれが現場に反映されない。

「建売住宅だから変更はできない」と工務店は言うのです。
実は建売住宅の下請けを主に行っている工務店さんは、決まった物件しか建てていないので、注文建築を建てた事がない、という所が多いのです。

あれも出来ない、これも無理。変わった事や無垢材を使いたい、と言っても『やったことがない』の一言・・・いつの間にか希望の部材とは違う部材を勝手に付け、『このほうがいいんじゃないですか』と平気です。

また、アフターフォローに関しても対応が悪く、なかなか行ってくれません。




お客様
「もう1ヶ月も前に直してって頼んだのに、どうなってんの!(怒)」


「えっ?まだ行ってませんか???頼んだはずなのに???」






「○○工務店さん、頼んでおいたアフターサービスは?(怒)」

○○工務店
「手が空いたら、行こうと思ってたから・・・」


「何言ってんの?お客様が困ってるんだからすぐ行ってよ!」

○○工務店
「無理だよ!手が空いたらって言ってるだろう!(ガチャン)」






「申し訳ありません!すぐ手配しますので・・・」


結局、建てた工務店ではなく別な工務店に費用を払い手直しをしてもらったり・・・


『満足のいく家を提供するには一体どうすればいいんだろう・・・』

このようなことが続いたため、正直悩みました。
お客さんに喜んでもらえる、それが不動産の一番の喜びなのです。
このままでは買ってもらえばもらうほど、お客様に迷惑を掛けることになります。
『いっそ会社を辞めようか・・・』とまで考えました。




いい家は自分で建てるしかない



しかし、家が好き、という気持ちだけは誰にも負けたくない!、ではどうすれば・・・
うんっ?、待てよ?
今までの私は家づくりを全て人に任せてきました。
でも、いい工務店がないなら自分で建てればいいんだ!!!と考えたのです。
それが自社施工を志すきっかけとなりました。


会社設立から2年目、ようやく自社施工が始まりました。
ここに来て私は、本当に家が好きだったことを実感することになりました。

今まで施工工務店さんに合わせて家づくりを考えていましたから、はっきり言って制約だらけだったのが、自社で施工するということは『何も制約がない』ということになります。

今まで使ってみたかったもの、やってみたかったこと、それをどんどん取り入れて、技術面で足りない部分は日本全国に研修や見学に行きました。

材料選びから始まり、床下に炭を敷き詰めようか?とか、基礎と土台に液状の炭を塗ったら良いらしいよ、とか、床材にも天然の無垢材を使ったり、建築家にデザインを頼んだり・・・自分達がやりたかった家づくりを真剣に模索していきました。

自社施工ですから、細かい部分まで対応することができ、当然お客様からの評判も上々だったのです。ですが、私にはまだ超えなければならない山が残っていました。





建築代が高い!



『良いものを使いさえすれば、お客様が喜んでくれる。それだけで幸せだ・・・』

自社施工を始めた私を止めるものはありませんでした。少しでもいいものを・・・と考えながらの家づくりは楽しくて仕方なかったのです。

しかし、すぐにある問題に気付きました。
いいものを使いすぎて『建築費用がうなぎのぼり』になっていたのです。



なんでもいいよ、とばかりに材料を使っては見たものの、原価管理が全くできていなかったのです。まさにどんぶり勘定というやつです。

もちろん、いい材料を使い、いいデザイナーを使い、お客様は喜んでくれるし、建てる家建てる家全て大人気。
会社としての売り上げは上がっているはず・・・なのにお金が残らないのです。

『いくらいい家を建てていても、経営がなっていない会社はいい工務店とは呼べない。』

私が過去の経験から得たこの大事なことを、あまりの楽しさですっかり忘れていたのです。

そこで自社の現場監督に工事前に実行予算を提出させ、色々なメーカーと価格交渉をしていいものをできるだけ安く入手できるよう努力をしました。そして1年の歳月を掛け、ようやくちゃんとした利益を確保し、安定して建築することができるようになってきました。




建築デザイナーの暴走



さて、自社施工もようやく軌道に乗り始めた矢先、またまたまた問題が発覚してきました。

当時、設計部門は全て外注の建築デザイナー(建築家)に頼んでいました。
当然プロですから素敵なデザインで、もちろんいいのですが、デザインと建物の構造的な面、耐久性の面は相反するものがあります。

実はデザインを主にして意匠設計を行う建築家には『構造面を理解していない方』が多かったりするのです。
また、当時4?5名の方に設計をお願いしていましたが、皆、お客様が希望しているというよりは、自分がやりたい家、を提案していたのです。

建築家の中には、あまり数をこなしている人が少なく、経験が少ない分、部材や人件費等の価格も理解しておらず、お客様ともめることが多くなってしまったのです。
(もちろん、素晴らしい建築家の方もいらっしゃいます。たまたま私と付き合いのあった方に問題があっただけだと思います)


そして一番の問題は、引き渡した後は知らん顔だ、ということ。明らかに危険な納まり、耐久性に問題のあるところがあっても、デザインのために無理やり設計しているというところがたくさんありました。
その部分が原因で雨漏り等の不具合があったとしても、責任は実際に工事をした工務店が全て負わなければいけないのです。


これではまずい!実際メンテナンスを行うのは私たち、その家に携わった現場監督や職人さんたちなのだ。構造やメンテナンスに責任を持たない設計士に任していては、お客さんにとって本当に満足の行く家とは呼べない。


『設計も自社でやろう!』という結論に至るのに時間は要りませんでした。
本当に構造や施工について熟知しているのは、実際に施工を行う我々工務店や最前線で働く職人さんのはずです。
その意見をないがしろにした設計は本当にいい設計とは呼べません。

自社設計することによって、現場の声、職人さんの意見を取り入れながら、開放感や採光・通風を出来るだけ活かした家づくり。
自分達で設計したものであれば、もしもの時は責任を持って自社でアフターフォローをできる。

営業、現場監督、設計スタッフ、そして大工さん、電気屋さん、塗装屋さんetc・・・

皆で団結してチームを組んで、いいデザイン、設計の家を、いい材料を使い、いい職人さんにお願いし、キッチリ現場を管理し、満足いくアフターサービスをし、お客様の家と家族を守っていこう!
こうして、私たち桃太郎住宅の基本となる家づくりが完成したのです。




『自社設計・自社施工・自社アフターフォローのできる家づくり』



これが私たちの家づくりの理念であり、鉄則です。

質の高い家づくり、お客様の参加できる家づくり、をモットーにしている為、たくさんの依頼をお請けすることができません。

また「家は安ければそれでいい!」というような方の建築はお断りさせて頂いています。
安さを一番重要視されるなら、コスト削減に力を注がれているいい会社さんがたくさんあるからです。

いい家を建てたい、こだわりのある家づくりをしたい、桃太郎住宅さんに頼みたいんだけど・・・というお客様のためだけに全力投球させて頂きたいとスタッフ一同考えています。
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